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ある哀れなチギュ

柴犬聖書・続編

歯並びガタガタ、童貞、池沼、低賃金、ルーチンワーク、政治に物申すことだけが生きがいの人を憐れむ柴犬の説法

―第十一章 吠えるより磨け―

そのとき、シバは丘の上に立ち、 ため息混じりにこう言った。

「ワン。まずは落ち着け。」

人々はスマホを握りしめ、 ヤフーニュースのコメント欄で戦っていた。 誰も頼んでいないのに、毎日、義憤の炎を燃やしていた。

シバは彼らを見渡し、 鼻をひくひくさせて言った。


第一節 歯のこと

「歯並びがガタガタでも生きていける。 だが歯磨きせぬ者に未来はない。」

シバは真顔で続けた。

「歯医者は敵ではない。 お前の敵は“先延ばし”だ。 三千円のクリーニングを惜しんで、 三万の自己嫌悪を背負うな。」

そしてこう付け加えた。

「ワン。口臭は“オーラ”ではない。」


第二節 童のこと

「童貞であることは罪ではない。 だが“どうせ無理”という態度は罪だ。」

シバは前足で地面を掻きながら言った。

「散歩せよ。 本を読め。 人の話を聞け。」

「魅力とは、突然空から降ってくるものではない。 毎日のルーチンから滲み出るものだ。」


第三節 低賃金とルーチン

「低賃金を嘆く前に、 “価値を積み増す時間”を一日三十分つくれ。」

ルーチンワークが悪いのではない。 思考停止が悪いのだ。」

シバは空を見上げて言った。

「ワン。スキルは雪だるまだ。 小さくても、毎日転がせ。」


第四節 コメント欄の戦士へ

「ヤフーニュースのコメント欄で勝っても、 人生のステータスは一ミリも上がらぬ。」

「その怒り、三十分でいい。 自分の未来に投資せよ。」

「誰かを叩くことで 自分が上がった気になるのは、 ベッドで横になったまま“山を登った気”になるのと同じだ。」


第五節 真の説法

シバは最後に、やや優しく言った。

「自分を雑に扱う者は、 他人も雑に扱う。」

「だがな、 人は何歳からでもやり直せる。」

「歯も、体も、年収も、清潔感も、 今日から少しずつ変わる。」

そして、尻尾をふりながら宣言した。

「ワン。 吠える暇があったら、磨け。鍛えろ。学べ。」


終章

その日から、 何人かは歯医者を予約し、 何人かはコメントを書く前に深呼吸した。

シバは満足そうにうなずいた。

「ワン。 お前は“詰んでいる”のではない。 まだ“磨いていない”だけだ。」

そして今日もまた、 柴犬は静かに、しかし鋭く、 人生に向かって吠えるのであった。

しかし救いのないチギュは見捨てた

しばいぬ聖書: 汝、技術的虚言癖に釣られることなかれ

しばいぬは、前足を掲げ叫んだ

シバ!(愚かなチギュ達よ、今日も技術者気取りのアカウントにつられおって)
シバ!(迷えるチギュ達に、十戒を授けよう)

シバイヌ十戒:技術的虚言癖に釣られぬために

シバ!(裏取りなきツイートを信じるな)
シバ!(バズった技術論は一度疑え)
シバ!(インプレッションの数字に惑わされるな)
シバ!(脚色された話を真理と思うな)
シバ!(スクショよりリポジトリを信じよ)
シバ!(フォロワー数よりエラーログを敬え)
シバ!(広告に釣られる者になるな)
シバ!(リツイートよりソースコードを追え)
シバ!(炎上より公式ドキュメントを重んじよ)
シバ!(虚言を退け、実装に帰依せよ)

しばいぬ聖書: 刃の向きはいつか其方に

刃の向きはいつか其方に

しばいぬは見たり。ある女が言いける。「彼は印他根戸(インタネット)にて女を叩くが。私には優しい」
しばいぬは静かに頭を振り、言い放った。
「シバ!!(その刃は今、さやにあるだけ。いずれ向きをかえるであろう)」
しばいぬはまた言った。「シバ!(彼が女を殴るその拳は、やがて物理となり、君の些細な言い間違いに反応し、鋭く君を裁くであろう。)」
ある女は悟った「人生を在庫や鮮度で語るものに、愛は来たらず」

しばいぬ聖書 コーチング編:「1on1という幻想」

しばいぬは吠えた。「1on1をもてはやす者よ、そなたは虚無に希望を抱く者なり」

かの地アメリカにて流行りし「MBA」「アジャイルコーチ」と並びて、1on1なる儀式もまた同じ轍を踏めり。

それは耳障り良く、整って見え、資料には映えれど、実を結ばぬ花に等しい。

しばいぬは吠えたり。「もし1on1がうまく行くならば、そもそも1on1は不要であったはずである!」

逆に、もし1on1を必要とするならば、その時すでに関係は腐敗しており、数十分の対話では何も戻らぬ!

しばいぬはまた言われた。「日々の言葉こそが最良の1on1であり、信頼は会議室ではなく、日常の些細な一言に宿る」

「仕組みで信頼を作ろうとするな、信頼があれば仕組みは不要なり」

ゆえに、無理に時間を取って表情をつくるな。Slackのひとことに真実を込めよ。

『今日は大丈夫?』その一言が千の1on1に勝ることもある。

1on1を崇めるな、信頼と対話を日常に取り戻せ。それがしばいぬの教えなり。

ヤフーの1on1―――部下を成長させるコミュニケーションの技法

しばいぬ聖書: EMに人事権を授けるなかれ

EMにエンジニアの人事権を授けるなかれ

汝、決してEMにエンジニアの人事権を授けることなかれ。 これはしばいぬが定めし、普遍の掟である。

なぜならば、EMとはかつてコードの聖道を歩もうとして挫折せし者であるゆえに。

彼らは「技術よりも人を管理する道を選んだ」と己に言い聞かせるが、
実はエンジニアとしての素質が薄く、祈り(コード)が届かなかっただけなのだ。

また、マネジメントを軽視しているからこそ逃げのEMとなり、マネジメントは更に向いていない。

エンジニアから尊敬される技術力もなく、マネジメントに足る人徳もなく、それを客観視する知性もない、哀れな獣にすぎない。

それゆえEMにエンジニアの人事権を握らせるとき、 有能なるエンジニアは遠ざけられ、社の平安は乱されるだろう。

またあるときEMは自らの無力を補おうとして、才無き知人や徒党の者を招き入れる。 スクラムマスタベイター達も招き入れてしまう。

私利と虚栄をもって呼び寄せられた彼らは、聖なるしばいぬの目に映ることなき、迷える犬である。

しかして、そのような私心による人選は、 やがてEM自身をも苦しめ、ついには背信と裏切りの刃を招くであろう。

ゆめゆめ心せよ。 汝らの社の人事権は、決してEMなる者に委ねてはならない。

技術と真理を重んじる者のみが、その力を正しく扱えることを、 聖なるしばいぬの御名において、ここに宣言する。

しばいぬ聖書 - EMの試練編

序章:しばいぬの嘆き

かつて、しばいぬの里には優れた技術者たちがいた。しかし時代は流れ、多くの者がパソカタ(パソコンカタカタ)から逃れ、EM(Engineering Manager)という名の新たな道へと進んでいった。

だが、しばいぬは見ていた。彼らはマネジメントに向いていたわけではなく、ただコードを書く力を失い、逃げるようにしてその役職に収まったのだ。
技術にも人にも興味がない者が、果たして群れを導くことなどできるのだろうか?

第一章:EMとは何か?

しばいぬは考えた。「EMとは、一体何なのだ?」
・ かつての戦士たちが、武器を捨てて指揮官になっただけではないか?
・ 戦場(開発現場)のことを知らず、兵士(エンジニア)の苦労を知らぬ者が、どうして戦を指揮できようか?

こうして、しばいぬは悟った。「EMの9割は、ただの逃亡者である」と。

第二章:真のマネジメントとは?

マネジメントとは、単に人をまとめることではない。しばいぬは続ける。

「興味なき者、去れ」
 マネジメントとは、技術と人を深く理解し、より良い環境を作る者の仕事である。興味がなければ、それはただの事務作業に成り下がる。

「負のスパイラルを断ち切れ」
 無能な者がEMになると、技術にも人にも無関心な者を次々と引き入れ、組織は崩壊する。火の海となった開発現場では、優秀な技術者たちが次々と去っていく。

「チギュ達の統治は健常者以上の試練」
 しばいぬは見抜いていた。まともなマネジメントならば、まだ統治は可能である。しかし、技術も人もわからぬ者がチギュたちを統治するのは、あまりにも困難であった。

第三章:燃える開発現場、立ち上がるしばいぬ

崩壊した組織を目の当たりにし、しばいぬは決意した。「このままではならぬ」
しばいぬは立ち上がり、真のマネジメントの道を説き始めた。
・ 逃げるな、学べ。
・ 技術に関心を持て。
・ 人を理解し、支えよ。

そして最後にこう締めくくる。

「無能なEMによって焼かれた開発現場に、再び光を取り戻すのは、パソカタを捨てぬ者たちである」

こうして、しばいぬの教えは広まり、燃え盛る開発現場の中から、真のマネージャーが育っていったのだった。

ふわふわ柴犬